横浜能楽連盟

私たちの活動

 横浜能楽連盟は、横浜を中心に活動している観世流、宝生流、金春流、金剛流、喜多流、観世流梅若会、下掛宝生流のアマチュアの能楽を趣味とする団体や個人、および能面を打つ方々の団体で構成されています。
 各団体や個人は趣味として日々、謡や仕舞あるいはお囃子の稽古、面(おもて)を作成する面打ちに励んでいます。
 横浜能楽連盟は、日頃の稽古の成果を発表する機会を提供し、一般の方々に能楽の魅力を伝え、また各流派あるいは団体の親睦を深め能楽の発展を期する思いから、毎年10月に「横浜五流能楽大会」を、3月には「五流交流のつどい」を開催しています。また多くの方に発表の機会を提供したいという思いから学生サークルの招待を行っています。
 少子高齢化、価値観の多様化などにより、日本の伝統文化は衰退しつつあると言われています。能楽においても例外ではありません。能の謡や仕舞をやっていると友人に言っても、へーすごいね~という言葉が返ってくるけれども、やるのはちょっとね~と言われることがしばしばです。それは会員数がピーク時には500名を超えていたものが令和8年4月現在で250名まで減少しているのを見ても明らかです。

 このように、横浜能楽連盟を取り巻く環境は厳しさを増すばかりです。なんとかしなくてはという思いから、会長選出を流派毎の輪番制に変更したり、理事会の構成・運営さらには細かな実務の運用方法の見直しなどの改革を進めています。
 また一般の方に広く活動内容を知っていただき、少しでも能楽に興味を持つ人を増やすことを目指して、ホームページのリニューアルを進めています。様々なことを発信して参ります。
 厳しい現実の中、それでも私たちは、能楽を只楽(ただたのしむ)ことをモットーに日々精進し、能楽の楽しさを皆様に伝えていきたいと思って日々活動を継続しています。
 どうぞよろしくお願いいたします。

運営体制(2026年4月現在)

顧問

馬場 洋一

(喜多流)

顧問

青山 圭佑

(観世流)

顧問

倉藤 睦子

(金剛流)

会長

道明 辰雄

(金剛流)

副会長

平戸 仁英

(観世流)

理事

尾崎 純子

(観世流)

理事

畠山 利子

(観世流)

理事

鈴木 幸江

(観世流)

理事

山口 健次

(観世流)

理事

井上 豊年

(宝生流)

理事

山添 富士子

(宝生流)

理事

三村 芽久美

(金剛流)

理事

齊藤 隆

(金剛流)

理事

桝山 俊二

(金春流)

理事

大山 三恵子

(金春流)

理事

鈴木 健

(金春流)

理事

保木 豊忠

(喜多流)

理事

長塚 正敏

(喜多流)

監事

野口 昌美

(喜多流)

総務・会計担当

平戸 仁英

(観世流)

企画・事業担当

長塚 正敏

(喜多流)

普及・広報担当

山添 富士子

(宝生流)

歩み

横浜能楽連盟

 依然として戦後の混乱が続く中、昭和23年3月1日に横浜市と観世流準職分であった中村源兵衛を中心とした横浜の能楽関係者により連盟結成に向け検討会が開かれました。そこで「横濱能樂謠曲連盟」を設立することが決まり、「結成設立準備委員會」が設立され、中村源兵衛が委員長となり準備を進めることとなりました。
 同年7月11日に、料亭おしろで結成大会並びに結成記念謡曲会を開催するに至りました。初代会長は中村源兵衛が就任しました(当時の会報を幽玄のページに掲載しています)。同年12月12日には横浜市との共催で素謡大会を鶴見の總持寺において開催しました。
 またこれ以後、横浜能の開催や横浜能楽堂の建設にも大きく貢献しています(横浜能および横浜能楽堂の項を参照下さい)。
 昭和43年に「横浜能楽連盟」と改称しました。また戦後の混乱期の中で横浜の文化振興に大きく貢献したという功績により横浜市より「第17回横浜文化賞」を受賞しました。
 昭和62年、素人による謡曲会を復活し、現在の「横浜五流能楽大会」および「五流交流のつどい」へと続いています(横浜五流能楽大会・五流交流のつどいの項を参照下さい)。
 平成元年には改めて連盟規約をつくり組織の整備を行いました。またこれまでは謡曲愛好者の会という感がありましたが、面打ちの会も参加するようになり、会の活動に厚みが加わりました。

 平成2年10月、横浜市内の能愛好者だけでなく、一般の方を含めた多くの方に「能」をより一層広く、深く理解していただくことを目指して会報「幽玄」を創刊しました。
 平成10年神奈川の文化の向上発展に尽くしたとして、神奈川県および神奈川新聞社より「第47回神奈川文化賞」を受賞しました。

神奈川文化賞の賞状とハトのブロンズ像
神奈川文化賞の掲載記事

 平成30年に横浜能楽連盟は70周年を迎え、記念事業としてホームページを開設しました。
 令和8年10月には未来を見据えてホームページをリニューアルしました。体裁だけでなく内容についても一新しました。

横浜能

 昭和24年、横浜反町公園で日本貿易博覧会が開催され、その施設の一つである芸能館の「こけら落し」に能をと市当局から要望され、演能が実現しました。これが4年後に始まる横浜能の先駆け的公演となりました。
 昭和28年、横浜能楽連盟、横浜市および横浜市教育委員会の共催で第1回の横浜能が開催されました。3日間にわたり観世、宝生、喜多、金春および梅若の五流の当代一流の能楽師が出演して、盛大に行われました。以後現在も続いています。
 昭和62年の第36回横浜能には金剛流が初めて参加しました。このときは仕舞のみでしたが、平成2年の第38回横浜能には当時の若宗匠による「羽衣」の演能が行われ、文字通りの五流そろい踏みとなりました。

 平成4年、横浜能楽連盟が実質的な運営主体となって横浜市と共催してきた横浜能は、横浜市文化行政の一本化に伴い、実質的な運営は市民局文化室市民文化事業課へと移管されました。
 令和5年から令和8年までの横浜能楽堂改修工事に伴い休止となっていましたが、令和8年9月13日に新装なった横浜能楽堂において第71回横浜能が開催されました。

横浜能楽堂

 連盟主催行事の演能は、料亭おしろに始まり、県立音楽堂、青少年センター、関内ホールと仮設の舞台で開催してきましたが、本格的な能舞台での演能への願望から、能舞台再建の機運が高まってきました。
 昭和52年12月「横浜能楽堂設立委員会」が立ち上げられ、同59年には横浜商工会議所会頭上野豊氏を会長とする「横浜能楽堂建設促進会」が発足し、連盟からも五代目会長の新堀豊彦が副会長として参画しました。
 平成8年6月28日に「横浜能楽堂」開館記念式典が挙行され、29日および30日の舞台披きは五流の家元全員が出演するという豪華な顔ぶれで華々しく執り行われました。
 令和5年から令和8年にかけて大規模な改修工事が行われ、令和8年6月28日に横浜能楽堂再開館の祝賀典が、令和8年7月4日および5日に五流家元全員が出演して再開館記念公演が盛大に開催されました。

横浜五流能楽大会・五流交流のつどい

 素人による謡曲の大会は、「横濱能樂謠曲連盟」が設立された昭和23年の12月に、横浜市との共催で鶴見の總持寺において開催された素謡大会が最初でした。
 連盟の活動はその後も続いていましたが、どちらかといえば各流派の代表者の集まりのような状況となっていました。そのような中、真の能楽愛好者の組織体として活動していることをアピールするために五流の素人衆による謡曲会を復活させる必要がある、という意見が多くを占めることとなり、復活に向けて準備が進められました。
 素人の発表のチャンス、いずれは本舞台で謡ったり、舞ったりすることができるという大きな希望を目標に、第2回横浜能以来行われていなかった「横浜五流合同謡曲大会」を、昭和62年5月24日に馬車道の市民文化会館関内ホール地下小ホールにて開催しました。
 平成8年7月7日には、開館したばかりの横浜能楽堂で第12回目の謡曲大会が開催され、夢の本舞台に立つことができました。
 後に「横浜五流能楽大会」と名称は変わりましたが、今も横浜能楽堂において開催されています。さらに、横浜能楽堂が完成してからは、開催時間内に収まらないほど出演希望者が増えましたので、平成10年に新しく発表の場として「五流交流のつどい」を開催し、現在も続いています。

 令和2年の世界的な新型コロナウイルス感染拡大により、令和2年3月の第23回五流交流のつどいから令和4年の第25回五流交流のつどいまで、五流交流のつどいが3回、横浜五流能楽大会が2回中止に追い込まれました。新型コロナも落ち着いた令和4年10月に第38回横浜五流能楽大会を横浜能楽堂にて開催しました。
 令和5年から令和8年までの横浜能楽堂の改修工事に伴い、第27回五流交流のつどいから第29回の五流交流のつどいまで、横浜五流能楽大会を2回、五流交流のつどいを3回、磯子区民文化センター・杉田劇場にて開催しました。仮設の舞台ということもあり、横浜能楽堂の時には無かった大変な苦労に悩まされ、横浜能楽堂ができる以前の先人達の苦労の一端がしのばれることとなりました。令和8年10月に改修工事が終了し新装なった、我々のホームタウンである横浜能楽堂において第42回横浜五流能楽大会を開催しました。その時の喜びは一言では言い表せないほどのものでした。

横浜能楽連盟年譜

1948年(昭和23年)

「横濱能楽謠曲連盟」設立(初代会長中村源兵衛)。12月に最初の素人による大会が連盟と横浜市の共催で開催された

1949年(昭和24年)

日本貿易博覧会のこけら落としに演能(4年後より始まる横浜能の原点)

1953年(昭和28年)

11月第1回横浜能を開催、3日間五流の能楽師が勢揃いして演能(その後毎年開催して現在に至る)

1968年(昭和43年)

「横浜能楽連盟」と改称
横浜の文化に貢献した功績により「第17回横浜文化賞」を受賞

1977年(昭和52年)

12月横浜能楽堂設立委員会発足

1984年(昭和59年)

横浜能楽堂建設促進会発足(副会長に横浜能楽連盟の第5代会長新堀豊彦就任)

1987年(昭和62年)

約30年間途絶えていた素人による「横浜五流合同謠曲大会」を復活

1989年(平成元年)

横浜能楽連盟規約制定(会員数215名)

1990年(平成2年)

会報の「幽玄」創刊

1992年(平成4年)

横浜能は横浜市行政の一本化に伴い、実質的な運営は横浜能楽連盟より横浜市に移管となる

1996年(平成8年)

6月横浜能楽堂完成、29日・30日の2日間五流能楽師による披露公演を開催
7月第12回横浜五流合同謠曲大会を横浜能楽堂にて開催

1997年(平成9年)

大会の名称を「横浜五流能楽大会」と変更

1998年(平成10年)

会員数増加に伴い新たに「五流交流のつどい」を開始
面打ちの会も連盟に加入
神奈川の文化向上発展に尽力したとして「第47回神奈川文化賞」を受賞

2018年(平成30年)

横浜能楽連盟設立70周年(会員数400名)
ホームページを新設

2020年(令和2年)

世界的な新型コロナ感染拡大により第23回五流交流のつどいおよび第36回横浜五流能楽大会が中止となった

2021年(令和3年)

新型コロナの影響により第24回五流交流のつどい、第37回横浜五流能楽大会が中止となった

2022年(令和4年)

新型コロナの影響により第25回五流交流のつどいが中止となった
新型コロナの沈静化を受けて10月に第38回横浜五流能楽大会を横浜能楽堂で開催した

2023年(令和5年)

横浜能楽堂改修工事の為,3月の第27回五流交流のつどいは会場を磯子区民文化センターに移し開催した
以後2年半にわたり「大会」「つどい」は磯子区民文化センター・杉田劇場での開催となった

2026年(令和8年)

6月28日横浜能楽堂再開館の祝賀典 
10月第42回横浜五流能楽大会を本拠地・横浜能楽堂にて開催した(会員数250名)
10月ホームページをリニューアル